
いまでは住人の収入源としてのメジャーな観光施設と化し、多くの観光客が訪れているようだが、当時はいわゆる社会主義国にはよくあった排他的未開放地区のような雰囲気で自分たちだけ、他には誰ひとりとして観光客は見当たらなかった。
話は変わって…この地域に建つ公衆トイレ(公厠)は、中国の田舎では普通に見られた、あからさまに「ケツ丸出し無抵抗状態」の、人類皆兄弟!バンザ〜イ!!的な(汗)空間ひとつの大らかなもので、日本人にとっては度肝を抜かれる独特な異文化の極致だったのを覚えている。ちなみに、この扉がないトイレは、北京オリンピックを境に国の政策で、個室化が進んだようだ。流石に上海などの都市部での主な施設の公衆トイレは、個室化されていたが、それでも北京市街の一歩路地裏に入った、胡同などでは「お見合いトイレ」が普通だった。
まぁ、そのくらい観光客の流入を意識していなかったんだと。

前置きはこのくらいにして…
田螺坑土楼群、各土楼の位置関係をスケッチに示す。

当時の数少ない情報の中から(客家)土楼といえば、この田螺坑土楼群のイメージが真っ先に目に焼き付き、実際に行って確かめたいという気持ちに駆り立てられた唯一の建築群であった。
方楼と円楼の土楼が寄り添って建てられ、近くの小高い展望地から俯瞰で望む姿が絵になる土楼群である。
福建省漳州市南靖県書洋鎮にある田螺坑村の山深い山域に位置し、中央に方楼の歩雲楼、その周りを囲むようにして円楼の和昌楼、瑞雲楼、振昌楼、文昌楼の合計5棟の土楼が配置されている。
個々の土楼単体ではその魅力は半減されるが、やはりこの土楼は「群居」が織りなす風景としての建築的特徴に意味を見出せる。が、これも自然界の理念に基づく、地形からの導きによるものが大きいのであろう。地形に逆らわず、最初に築かれた方楼を中心に、中国の伝統的思想による自然の流れで増築されたが故の、まさに土地の利に適った配置とその独特な姿の絶妙なバランスにあるのだと。



