ここまでの移動についてまずは書いておく。当時も現在も廈門市から直通のバスは無いようで(直通のツアーバスはあるようだ)南靖車站(南靖県)で一旦降ろされ別のバスで書洋まで行くことになる。全てローカルバスでの移動。南靖まで体感としては4時間、書洋まで2、3時間くらいかかったと思う。途中、ローカル食堂での昼食や休憩が入り、のんびり運転の上、足回りの異常とか で緊急停車と、朝に廈門を出て、夕方近くに書洋に着いたので丸々、半日は費やした。

 バスを降りた途端にバイクタクシーの親父が駆け寄ってきて、「お前たち、どこ行く?」と、バイクチャーターの誘い。都市部ではタクシーが主流のようだが、この当時、田舎はバイクタクシーが主流だったし、値段も当然安かった。宿も決めてなかったこともあり、今夜の宿代含めスタッフ合わせて2名分、3日間のバイクチャーター(以降バイタク)2台で値段交渉し、双方合意(値段は忘れた)値で即決。

 すぐに、バイタク親父の家に案内される…て、をぃ!宿は親父の自宅か〜ぃ!(笑) 中国語は話せないので筆談で交渉したのだが、宿が親父の自宅とは思いもよらず(汗) まぁ、こんなド田舎で、宿が見つからず途方に暮れ、挙句の果てに野宿!なんてことにならなかったと思えば幸せなことだ。抜群に美味かった夕食後、夜更けまで、バイタク親父と強烈な度数の白酒をあおり、倒れ込むように2階の寝室へ。

左画像は、当時の日記。
地方民家の簡単な平面スケッチと覚え書き。
夕食、朝食とバイタク親父の奥さんが料理長。これがバカにならぬ美味さ!まさに地元民の食生活を垣間見させてもらった絶好の機会でもあった。

投稿者

saruwatari

猿渡 浩孝
建築デザイナー(一級建築士)

1964年大阪府にて出生。
建築設計事務所に勤めながら独学で建築を学ぶ。建築をもっと知りたいとの思いで1992年、スケッチブックを片手に半年かけて世界旅行に出かける。
結婚を機に、岩手に移住。岩手弁にもそこそこ慣れたが、やっぱり地元大阪の関西弁をこよなく愛してやまない。ウルトラ系のトレイルランニングレースに出るため、ランニングと水泳、時々筋トレで日々鍛錬に励む。